空腹は、人を変える
寒くても、人間はなんとか工夫できる。厚着をする。落ちている小枝を燃やす。
暑くても、なんとかなる。うちわであおぐ。日陰で風を待つ。
だが、蛇口をひねっても水が出なかったら?
マンションの水道は電動ポンプで動いている。停電した瞬間、水も止まる。バケツに足を浸すどころか、飲み水すら手に入らない。熱中症になっても、体を冷やす水がない。
それでもまだ、人間はしのげるかもしれない。
だが、腹が減ったときは違う。
食料が底をついたとき、人は隣人を疑い始める。備蓄を奪い合い、秩序が崩れる。外国から一発も撃ち込まれなくても、食料が途絶えるだけで社会は自壊する。
これは歴史が証明している事実だ。
東大特任教授・鈴木宣弘氏はこう言い切る。「武器を増やしてもコメがなくては命を守れない」——と。
そのとおりだ。空腹は、人を獣に変える。
日本の「本当の」自給率は10%かもしれない
農林水産省の公式数字では、日本の食料自給率はカロリーベースで38%(2024年度)。しかし鈴木教授はこの数字に警鐘を鳴らす。
種や肥料の自給率の低さも考慮すると、実質的な自給率は10%あるかないかもしれない——と。
肥料の原料となるリン・カリウムはほぼ全量輸入、尿素の96%も輸入依存だ。種子も海外依存が進む。野菜は国産率80%に見えるが、種採りの90%は海外の農場で行われており、物流が止まれば実質自給率は8%に落ちる。肥料が止まればさらに4%へ。
いま海外からの物流が止まったとき、日本は世界で最も餓死者が出る国になるという試算まである。小規模な核戦争による「核の冬」が起きた場合、日本人の6割にあたる7200万人が餓死するという研究もある。核戦争を想定しなくても、物流停止は現実に起こりうる。
FAOの飢餓マップ(2019〜2021年)では、日本はすでに「飢餓国の仲間入り」を示す色に分類されている。日本人の所得の中央値は、1993年の550万円から2023年には410万円へと下がり続けた。コメ5kgはすでに4000円を超えた。新米が出回っても価格が下がらない異常な状態が続いている。
これはフィクションではない。いまの話だ。
農業予算を削り続けた30年間
1980年から2021年の間に、アメリカは農業予算を7.5倍に増やした。EUは4.7倍。では日本は?
24%減らした。
総予算に占める農水予算のシェアは、1970年の11.54%から2023年には1.83%へと激減している。稲作農家の時給は10円を下回ることもある。60kgあたりの生産費を下回る米価が続いた結果、農家の体力は尽きかけている。
鈴木教授は繰り返し警告してきた。
「日本の稲作はあと5年で崩壊する危機にある」
政府は「大規模化」「スマート農業」「輸出拡大」を唱えながら、肝心の農家への所得補償を拒み続けた。コメが足りなくなって、ようやく「増産に舵を切る」と言い出したが、価格が下落したときのセーフティネットがなければ農家は増産できない。値段が下がったら赤字になるとわかっていて、誰が作付けを増やすというのか。
問題の根本は財政制約だ。流通でも農協でもない。
自衛隊より先に農家が必要だ
国防とは何か。敵のミサイルを撃ち落とすことだけが国防ではない。
国民が明日も食べられる状態を維持すること。それこそが、最も根本的な国防だ。
鈴木教授はこう言い切る。「不測の事態に国民の命を守れるのが国防なら、地域農業を守ることこそが安全保障だ」——と。「防衛費5年で43兆円」の一方で「農業消滅」を進めたら、兵糧攻めで日本人の餓死は現実味を帯びる。トマホークとコオロギをかじって生き延びることはできない。
農地面積は1961年の609万haから2023年には430万haへと、60年で30%以上消失した。農業就業人口の平均年齢は68歳を超えた。この状況を放置することは、敵国を利することと同じだ。
外から攻められなくても、内側から崩れていく。食料が尽きれば、日本は日本人の手で自滅する。
都市のマンションでは、何もできない
もう一度、最初の話に戻る。
停電したとき、マンションの住民にできることは何か。
水は出ない。エレベーターは止まる。調理もできない。冷蔵庫の食料は腐り始める。落ちている小枝を燃やす場所もない。日陰で風を待てる縁側もない。
井戸のある郊外の拠点なら、停電しても水が使える。畑があれば、食べ物を自分で育てられる。小枝を燃やして煮炊きができる。土の上に立っているだけで、人間はずっとたくましくなれる。
都市の便利さは、インフラという細い糸の上に乗っている。その糸が切れたとき、都市はただの石の箱になる。
では、私たちに何ができるか
政府が動かないなら、自分たちで守るしかない。
ロシアには「ダーチャ」という文化がある。都市住民が郊外に持つ、畑付きの小さな拠点だ。4千万を超えるダーチャ・菜園が存在し、国民の3人に1人が所有者とされる(2012年ロシア政府情報紙)。ソ連崩壊後の食料危機を、ロシアの人々はダーチャで乗り越えた。
国が機能しなくなっても、自分の畑があれば食べていける。その知恵だ。
日本に、いま同じ発想が必要だ。
鈴木教授は「ローカル自給圏」という言葉を使う。地域で種を守り、生産から消費まで「運命共同体」として農と食とエネルギーを支える循環圏だ。農家と住民が一体となって耕作放棄地を耕し、北海道や青森のような食料基地が日本全体を守る——その大きな循環の中に、一人ひとりのダーチャがある。
農業問題は農家だけの問題ではなく、消費者の問題だ。都市の人間が農村に関わり、土を耕し、農家と顔見知りになる。ダーチャで週末を過ごし、自分の手で食べ物を育てる。
それは趣味ではない。生存戦略だ。
「NO RICE NO LIFE」
ラジオでパーソナリティが言った。「武器を増やしてもコメがなくては命を守れない」「武器よりコメだ!」
そのとおりだ、と教授はうなずいた。
砂糖の一人当たり摂取量が年間7kgを下回ると暴動などが発生し、社会不安に陥ることが世界的なデータで確認されている。コメも同じだ。主食が手に入らなくなったとき、社会の秩序は保てない。隣人を信頼できなくなったとき、国はもう国ではない。
稲作農家を守ること、農地を守ること、食料自給率を上げること——これは「農業政策」ではなく「国防政策」だ。
日本版ダーチャを持つということは、その一端を自分の手で担うことだ。
郊外に拠点を持ち、土を耕し、食べ物を育てる。井戸を持ち、小枝を燃やせる場所を持つ。それが、この国を守る最初の一歩になる。
この記事は、東京大学大学院特任教授・鈴木宣弘氏の講演資料をもとに作成しました。より詳しいデータと論考は、2025年7月16日の講演資料「農業経営をめぐる情勢」(北海道・東北農業法人WEEK2025 in あおもり)をご参照ください。
